
一刀彫人形は奈良の地で、親から子へ代々受け継がれてきました。
その起源は約870年前、平安時代の終わりごろ春日大社の祭礼で飾られたものだといわれています。それらは神事に使われるものなので、なるべく人の手が触れないように、簡素なものであり、またその当時から一刀彫の大きな特長である彩色は施されていました。
江戸時代に入ると、それまで祭礼にのみ使われていた一刀彫が、節句人形や観賞用人形などに使われるようになり、美術品として一般の人々にも愛好されるものになりました。
そして、名匠と名高い森川杜園(1821〜1896)によって、一刀彫の名は一気に日本中に広まりました。
杜園は、それまで簡素にデフォルメされていた一刀彫人形に写実性と動きを加え、芸術作品にまで高めました。国内のさまざまな博覧会で絶賛され、日本を代表する工芸美術品として、1893年にはアメリカで行なわれたシカゴ万国博覧会にも出陳されました。
一刀彫は伝統を守りながら、その時代その時代に合わせて形を変え、現在も日本を代表する伝統工芸品の一つとして、たくさんの人達に愛されています。